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◆ 広報おきなわ8月号(No.374)
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今月の人 |
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「沖縄市更生保護女性会」という団体がある。名称は少し硬い感がするが、だれもが人間らしく尊厳をもって生き生きと暮らせる明るい社会をめざそうーと活動を続けている組織である。同会は「非行や犯罪をなくし、過ちを犯した人たちの立ち直りを支援するために立ち上がったボランティア団体」とうたっている。その市更生保女性会の新会長に就任したのが伊佐さん。今月は伊佐さんに会長としての抱負や同女性会の取り組みなどについて聞いてみた。
全国各施設の受刑者が製作した製品を販売する沖縄刑務所の沖縄矯正展がこのほどあった。その準備で忙しい最中の取材となった。
今朝も早い時間から出かけ、夕刻帰宅。その時間帯にやっとアポとりに成功した。「今日は朝から沖縄刑務所で面談や矯正展の商品の展示や値札貼りなどで、やっと今帰ったんです」と忙しい毎日である。
「沖縄市更生保護女性会」、歴史は古い、昭和四十五年に中部地区婦人福祉友の会として結成。翌年、中部更生として改称、五十一年にコザ更生へ改称、五十六年に沖縄市更生へ、さらに平成十五年に同会へと改称した。
現在、会員は百十人、目的を母性愛の精神をもって保護司との連携を密にし、罪を犯した者、または非行のおそれのある青少年の更生を助けるとともに進んで犯罪の予防のため、世論を啓発し地域社会の浄化につとめ、あわせて会員相協力して健全な青少年育成をはかるとしている。
伊佐さんが保護司として活動し始めたのは昭和三十四年、その間、沖縄市女性会、児童福祉問題研究員、国際大学臨床心理学研究会、琉球大学心理学研究会などを歴務。現在は月、水、金が沖縄少年院、女子学園、沖縄刑務所へ出かけ面接、又、火、木は美里児童園での面接、相談などと多忙である。
新会長としての抱負は「地域との連携を密にし、お互いの協力、情報交換など信頼関係を保ち、より活動を充実、発展させたい」と話した。又昨今、児童虐待の事件が多いことから「児童虐待への対応情報交換、専門知識修得のための研修を図りたい」と続ける「しかし、会長一人では何も出来ません、役員や会員のおかげでここまでこれたんです。これからもみんなの支えで頑張りたいと思います」と微笑んだ。多忙の中、趣味として三味線、琴、書道をたしなんでいるという伊佐さん、モットーは「どんな問題も相手の身になり真剣に取り組む。今、やらねば、誰がやる」。「常に相手の喜びを我が喜びとして感じたいですね」と話す。好きな言葉は「あきず。あせらず。あきらめず」更生保護事業は生活の一部と言う伊佐さん、その培ってきた自信と経験で今日も東奔西走、悩みを抱える人達の支えとなって駆け回る。 |
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戦後文化シアター 時代の交差点60th |
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定価¥1,000 | | 一昨年の五月十五日、三十一回目の復帰記念日に、市はアメリカからワーナー・B・バースオフ氏(ハーバード大学名誉教授)を招いて、講演会を開催しました。演題は「アメリカ人が見た終戦直後の沖縄」。彼は、沖縄戦が終結した一九四五年の秋に来沖し、およそ一年の滞在中、嘉間良と石川で沖縄の戦後復興に邁進した方です。来県を機に彼からは当時のコザの中心地で、その生活拠点でもあった嘉間良を主に百枚ほどの県内各地の写真と、海軍軍政府による沖縄統治の最終報告書(英文)、そして当時沖縄側の要職にあった志喜屋孝信氏(沖縄民政府の初代知事)や比嘉秀平氏(行政主席)からのクリスマスカード等々、貴重な資料を市に寄贈していただきました。写真の一部は去年、本紙上で「ワーナーさんの写真館」と銘打ち一年を通して紹介してきました。市では、これらの写真や講演録を初め、先のクリスマスカード等も含めて一冊の本にまとめました。左の写真はその表紙です。戦後六〇周年、皆様の蔵書に新たな一冊を加えてみてはいかがでしょうか。売切れが予想されます。早めにお求め下さい。 |
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連絡先:総務課・市史編集担当 電話:939ー1212(内線2273) | | |
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