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越来

最終更新日:2016年02月10日

尚宣威王の墓

尚宣威王の墓

 沖縄県立中部工業高等学校の南西側に位置し、小高い山の中腹にある。墓の型式は、名嘉真宣勝の分類の「岩穴囲い込み墓」である。尚宣威王は、第二尚氏尚円王の弟で、尚円王が即位すると越来間切の総地頭に任ぜられた。それで越来王子と称された。1476年に尚円王が亡くなり、尚宣威は1477年に王位を継いだが、在位6ヶ月にして王位を尚真にゆずった。その後に越来間切へ隠遁し、同年8月に没した。

(2010年4月13日 更新)

トゥンチヌスバヌヒヌカン

トゥンチヌスバヌヒヌカン

 沖縄県立美来工科高等学校の南側に位置する。尚宣威王の子孫が暮らしていた場所と口碑が伝えられている。現在は、湧川門中の子孫たちが拝んでいる。

(2012年7月17日 更新)

當原ガー

當原ガー

 沖縄県立美来工科高等学校の南東側に位置する。村びとは、正月の元旦にこの井戸から若水を汲んでいた。現在は、住宅街のなかにコンクリート製のマンホールが設置されている。

(2012年7月30日 更新)

ワクガー

ワクガー

 杉の子保育園の西側に位置する。尚宣威王の子孫であるワクガー(湧川)按司が使用していた井戸と口碑が伝えられている。

(2011年11月18日 更新)

西森公園の拝所

西森公園の拝所

 越来小学校の西北側に位置する。村びとは、この山のことを「ニシムイ」と呼んでいる。祠のなかには「ウガン南方御嶽」「ウガン西之御嶽」「西森之御嶽」と記された石碑がある。現在の越来中学校の敷地内には、かつて「ニシヌウタキ」「フェーヌウタキ」があった。中学校の建設に伴い現在地へ移動させられた。

(2011年6月6日 更新)

ヒジュルガー

ヒジュルガー

 越来小学校の北側に位置し、現在は住宅街のなかにひっそりと残されている。

(2012年8月13日 更新)

拝領の白椿

拝領の白椿

 越来小学校の北側に位置する。越来王子時代(1418年)に尚泰久王は、世利久との間に子どもができた。その記念としてみかんと白椿の木が植えられた。沖縄戦でみかんの木はなくなるが、白椿は幹に艦砲射撃を受けたにもかかわらず、根が残り再生した。しかし、白椿は平成9年2月に枯れてしまった。現在は、その木の2代目が屋敷地内と隣のターチューガーに植えられている。

(2013年10月7日 更新)

ターチューガー

ターチューガー

 越来小学校の北側に位置する。俗に「イシガー」と呼ばれている。現在の井戸は、昭和3年に越来村が模範衛生集落に設定されたのを機会に造られた。水汲み用には、吸い上げポンプが2台取り付けられたために「ターチューガー」と呼ばれるようになった。村びとは、正月の元旦の時にこの井戸から若水を汲んだり、子どもが生まれると産湯用の水も汲んだりした。

(2009年1月13日 更新)

ヌルドゥンチガー

ヌルドゥンチガー

 越来小学校の南東側に位置する。現在は住宅街に囲まれ、セメント製のマンホールを設置している。

(2015年10月8日 更新)

御殿川ヌメーヌカー

御殿川ヌメーヌカー

 越来小学校の南東側に位置する。現在は住宅街に囲まれ、セメント製のマンホールを設置している。

(2016年2月10日 更新)

ヌンドゥンチャー

ヌンドゥンチャー

 越来小学校の南東側に位置する。コンクリート建築で大きな拝所を建てたが、祠のなかには香炉だけしかみられない。

(2012年8月27日 更新)

越来グシクの拝所

越来グシクの拝所

 越来小学校の南側に位置する。越来グスクは、15世紀ごろの尚泰久王や尚宣威王が管轄していた場所とされる。そして、沖縄戦などで遺跡の大部分が破壊された。村びとは公園の南側にある拝所を「ギークヌウガンジュ」と呼んでいる。祠のなかには、「火の神」「越来城殿」と刻まれた石碑がある。越来のウマチーの行事などで拝まれている。

(2010年5月18日 更新)

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