今月の人

男性フラダンスの普及を目指す

289/仲本 大樹(たいき)さん(33)

フラダンスといえば、女性の踊り手を想像することが多いと思うが、市久保田を拠点に男性のみのフラの普及活動を行っている「カイルア・フラ・スタジオ」がある。
今月はスタジオ代表の仲本大樹さんに、フラを始めた経緯などについて話を聞いた。

仲本大樹さん

 仲本大樹さんは、幼いころからエイサーや空手、古武道、三線などの沖縄芸能を好んで習い育った。特にエイサーは、小学生の頃から久保田青年会の活動に積極的に参加していた。仲本さんが高校生の頃に、親戚が暮らすハワイへ母親と訪れる機会があり、初めて訪問する異国の地だったが、地元沖縄にいるような不思議な感覚を覚えたそうだ。訪問先の親戚の家で、ハワイ在住の親戚らが、三線を弾きながら沖縄民謡の歌を披露し、仲本さん達を歓迎してくれた時、遠いハワイで沖縄芸能が根付いていることに、仲本さんは強く感銘を受け、帰沖後は地域の枠を超えたエイサー団体の立ち上げを目指すことを決意した。
 大学に進学した仲本さんは、2001年に、老若男女、障がいの有無を問わないエイサー団体「琉球風車(かじまやー)」を設立した。琉球風車の団員数は、当初から約120人在籍しており、仲本さんはエイサーで、自分たちなりに、日常生活の様子を表現するため、オリジナルの踊りの創作に取り組んでいた。
 仲本さんが、琉球風車を結成して半年後に、ハワイでエイサーを演舞する機会があり、約40人でハワイを訪れ、沖縄との国際交流を図った。この時から、仲本さんはエイサーとフラの類似点や融合について意識するようになり、沖縄とハワイの芸能や移住の歴史を自然と学ぶようになったそうだ。
 エイサーとフラのことを調べてみると、いくつか共通点があることを知り、さらにフラに興味を持つようになった。4年後、沖縄とハワイを融合させた新しい芸能を創りたいと考えるようになった仲本さんは、再びハワイを訪ね、フラの習得に励んだ。
 沖縄に戻った仲本さんは、久保田を拠点に男性フラ「カイルア・フラ・スタジオ」を設立。団員は5歳から70歳まで幅広い年齢層の男性が在籍しており、踊りには空手の型やエイサーなど仲本さんならではの要素を取り入れている。仲本さんは「現在フラと言えば、圧倒的に女性が多く、男性フラは異彩を放つ存在だが、市から男性フラの普及と拡大を目指し、市を盛り上げていきたい」と話している。
 最後に、仲本さんは「僕はフラを始めたことで、沖縄市の魅力、久保田の魅力を知ることができた。皆さんも自分の地元を愛し、感謝し、大事にしながら地元の芸能にふれて欲しい」と思いを語った。

戦後文化シアター 今月のヒストリート

沖縄市の前身、旧越来(ごえく)村と旧コザ市の間に、18日間の「コザ村」時代があったことをご存じですか?1956(昭和31年)6月13日から30日まで、今からちょうど60年前の今月の事なのです。市昇格への足がかりであったコザ村時代は、どんな様子だったのでしょう。
 新聞記事によれば、軍道(ぐんどう)の交差点「コザ十字路」を中心に1950年頃から発展したこのエリアでは、「中部一の大衆市場」として、当時5周年を迎えた「コザ十字路市場」が栄えていたといいます。ゲート通りやセンター通りなど、米軍相手のお店で栄える同時期の呉屋(ごや)十字路周辺に対し、近隣市町村を含めた沖縄住民の買物市場・娯楽場(ごらくじょう)として賑わっていたのは、コザ十字路周辺だったのです。
 今月よりヒストリートⅡにおいては、企画展「街を見る② コザ十字路」を開催します。企画展「街を見る」シリーズ第2弾の今回は、大衆を支えた市場・映画館や、照屋黒人街などの歓楽街(かんらくがい)の移り変わりから、コザ十字路付近のまちづくりを考えたいと思います。
 新宿歌舞伎町(しんじゅくかぶきちょう)の命名者で、同町の都市計画にも携わった石川栄燿(ひであき)氏は、55年にコザ十字路街を訪れ、「十字路街は正にコザの浅草(あさくさ)である」と述べたそうです。「コザの浅草」、あなたはどう捉えるでしょうか。ぜひ展示室でお聞かせ下さい。

コザ十字路市場の創立5周年を祝う式典会場「十字路オリオン座」には、二階席まで人だかり!
コザ十字路市場の創立5周年を祝う式典会場「十字路オリオン座」には、二階席まで人だかり!
【1956年(昭和31)年6月24日・照屋】
  • ■市史編集担当/TEL:929-4128(直通)
  • ■ヒストリート、ヒストリートⅡ/TEL:929-2922

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